2011年12月6日火曜日

『古美術と現代』吉沢忠

昭和の時代に活躍された美術史家、吉沢忠氏の本を読んだ。

吉沢忠『古美術と現代』(1954) 東京大学出版会


奥付を見ると、著者の住所欄まである。定価は330円となっていて、時代を感じる。戦争が終わって9年、1954年(昭和29年)に出版されているのでもう60年近く経つ。

内容は、当時の美術政策に対する批判や、美術界・古美術界の実情、芸術の本質について、また観賞者の立場や現代画家の問題点など、吉沢氏がいろいろな雑誌などに寄せた40本ほどの文章を収めた作りになっている。謙虚に、でも鋭く、真摯な文章。

戦後からの60年という時間は、物事が発展するのに十分な長さを持っているような気がするけれど、この本で書かれた美術の世界に対する問題意識などは、読み終わってみると学ぶこと、考えさせられることがあり、内容については決して古いという感覚がなかった。それはこの60年のあいだで、それほど大きな変化がなかったということなんだろうか。

この本の中にあえて基調をなしているテーマがあるとすれば「日本美術における伝統と創造の関係」といえるかもしれない、とあとがきにある。もしかすると2011年の今でも、このテーマに対する状況がそれほど変わっていないからなのかもしれない。時代感覚があまりピンとこないけれど、今の自分の親が生まれたのが大体60年くらい前。その頃と現在とを考えると、表面は大きく変わって見えるけれど、本質はそれほど変わらないような感じもする。


現代の日本の美術は、自分の中に生きている古典をもたぬ。


という指摘がいくつかの文章を通して見られた。美術の世界だけでなく言えることだろうけれど、この一文を読むと、自分のことを省みて心が痛くなる。無意識に影響を受けながら、日本について知らない事が多すぎる。世界との距離が近くなり、客観的な日本人としての自分をより認識させられるような時代になって、今を生きる人たちはうすうす、、というより深刻に、日本の伝統や過去についてしっかり消化することの大切さに気づきつつあると思う。

過去と向き合うこと、過去との「対決」をしていないと吉沢氏いわく、古いものが、ずるずると、かすのように私たちの中にこびりついてしまう。

ずるずるとした かす・・

例えば、形式を受け入れることが伝統を受け継いだかのごとく錯覚し、形や技巧だけを踏襲したような形骸化した美術を生みだすこととなる。過去と対決できていないということは、つまりその現実ともきびしく対決できていない結果である。この本のあちらこちらで何度か登場するこの問題点。冷静な文章の中でも強い憂いをもって訴えられるこの点が、「日本美術における伝統と創造の関係」の問題点でもある。

戦後になると、デパートなどでも古美術展が開かれたり、古美術関連の本がぞくぞく出版されるような古美術ブームが訪れたという。過去を見つめる目がふえることは、その再評価を行えるチャンスだし、一見よろこぶべきような状況にも見えるが、安心してはいられないと吉沢氏はいう。なぜなら、過去の美術はどこか彼岸のものとして観賞され、現代の美術の創造と関係のないところで、古美術が切り離されてしまっているからだと。

過去を過去として切り離してしまう現象は、急速に発展した美術史研究が、単なる様式の変遷の解釈と、美術家たちの伝記集で終わってしまっていることに同様に見られる。日本の伝統、古典というものが形式だけのものとして解釈されてしまい、現在の私たちの中に生きているものとして捉えられない。これからの美術の創造と関わらないところで終始していることが、日本美術における伝統と創造との関係性となっている。

感覚的には、「つながっている感じ」を持てていないということだろうか。過去と現在の間に時空の歪みがあるみたいに、過去への直線を遡っていくうちに突如もう1本の平行線が現れるような。「○○時代の頃は~」と語るとき、どこか自分たちの歴史ではないような、他人事の感覚が少なくとも自分にはあるんじゃないか。

この本が出版されたのは、ちょうど高度成長の時代にさしかかった頃。だからこそよけいに、過去を清算せず急速に進んでいく時代を危ぶんで、このような問題を強く意識したのかもしれない。美術論としてだけではなく日本論的にも読める興味深い本。

日本の古美術の海外からの評価という点についても、いかにそれまでの海外での展覧会が政治色の強いものだったかという事情や、国宝や重要美術品がどのように決定されていたのか、日本の美術史研究の発展を妨げているものは何なのかという内情についても述べられていたり、純粋に作品の内容ではなく、それらいろいろの要素によって決まってきた美術品の価値や日本美術があることに、美術史の見方の複雑さを知った本でもあった。

日本のこと、美術のこと、何か色々と興味を持ったり知ったりしていこうとすると、この戦後の日本の成長期に足をとどめて過去の美と向き合った人たちのところへ行き着くことが多い。何かこの時代に立ち返るべきものがあるのか、どうなのか。。自分にとってもずるずるとしたものが何なのか見極めたいからかもしれない。

1 件のコメント:

  1. 深いねぇ・・色々考えさせられるわ。

    現代美術に古典がないっていう件、ファッションにも
    言えるなと思う。そして、戦後まもない頃に書かれた本って、
    今の時代に通じる所がすごくあることが多いよね。

    ある意味、精神的な部分での進歩はないってこと?
    そこは変わらないのかもね。むむむ~

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